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洞輪沢(ぼらあざわ)の大崩れの跡
大崩跡
種別
名所・旧跡
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洞輪沢は明治時代になり、定期船が多くなると、港として使われ始め、冬の大半、大切な商港として使われた。明治37年日露戦争の時にバルチック艦隊の見張り所に兵隊が常駐するようになり、港も道路も整備された。商港としての洞輪沢の利用が激しくなるなか、総力をあげた村民の努力によって、大正15年新道が完成した。さて、大正6(1917)年12月13日、洞輪沢沖合には小笠原航路の定期船が停泊していた。当時は便船が少なかったので、定期船が寄港すると、村中が空っぽになるほど人々は港に集まっていた。ところが、突然停泊中の汽船が「ブー、ブー、ブー」と汽笛を鳴らした。何事かと思ったとたん、「ド、ドッ」と地鳴りがして、港の北側にある断崖があっという間に崩れ落ち、家も人もそこいらじゅうにあるものをすべて埋めつくした。直ちに救助活動が行われたが、17名の命と多数の家屋を失った。船長の話では、「沖合から港を眺めていたら、崖の上方の木々が異常に揺れ、これは何か起こると直感して汽笛を鳴らした」ということである。漁協裏の一帯が一段と高くなっているが、これはその時の崩壊の土砂によってできたものという。
情報
住所 〒100-1622 東京都八丈島八丈町 末吉
交通アクセス
バス停[ 洞輪沢 ]より徒歩2分。
末吉の洞輪沢。崩壊した痕跡は今の漁協の建物後ろの所という。