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長戸路屋敷
種別
観光地
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長戸路家は秩父(長瀞)の出身と言われ、戦国時代の明応7(1498)年に長戸路七郎左衛門真敷が北条早雲の代官として渡島した。理由は分からないが、その後末吉に引きこもり、一時江戸川か葛飾の阿曽沼に住んでいたことがあったので浅沼姓に変え、島の政治に参画していなかったが、幕末の100年程前から末吉村年寄役となり、幕末の二五年程は地役人を、そして最後の8年程を御船預かりとなった。船預かりの時に長戸路に復名した。屋敷は、天然の地形を利用した館造りで、険しい崖や石垣が残っており、邸内には樹齢700年を越える大ソテツがある。また、八丈島最大の十二本柱の高床式穀物貯蔵庫(高倉)が残っている。現在の主家は、幕末の文久2(1862)年流人の石山留五郎が棟梁をつとめて完成したもので、くぎ1本も使わない当時の書院づくりの建築様式を伝えている(屋根は昭和50年の台風13号の被害により金属板ぶきに直された)。玄関が表に三種類あり、かつては格式によって出入りを区別していたという。
長戸路家には十二本柱の高倉(島では最大)と多くの古文書が残っており、都の文化財に指定されている。現在は文書のほとんどが東京都公文書館に寄託されている。
情報
住所 〒100-1622 東京都八丈島八丈町 末吉
交通アクセス
末吉地域宮ケ路にある。神子ノ尾からでない、集落からつながっているこん沢林道を山側に上っていった奥の右手にあり、昔の入り口は左右を大きな石垣で積まれている。
現在個人の住居になっているので、一般開放はされていない。