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赦免花と慈運法印墓
種別
観光地
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慈運法印(享四(1747)年三月流罪、宝暦四(1754)年五月十七日断食死)は、無実を叫び続けたが容れられず抗議の断食で死亡。死後、墓に植えたソテツに花が咲くと、不思議に赦免状が届いたので、だれ言うとなくそのソテツを赦免花と言うようになった。墓は、近藤富蔵が彫ったもので、元は馬路(うまじ)の青ヶ島墓地の反対側の上の佐々木田作家の墓地にあったものを、昭和四二(1967)年に宗福寺に移した。元のソテツは、雄木で、内地の植物公園に売られていったという。
情報
住所 〒100-1401 東京都八丈島八丈町 大賀郷
交通アクセス
町役場より徒歩3分(宗福寺境内)