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牛捕(とり)仲間安全祈願の碑
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明治15年に八丈にも牛肉を食べさせるところができたと言われているが、それまでは宗教的な禁忌もあって牛を食べる習慣はなかった。明治になっても、牛を食べたことが発覚したため、食べていない島の役人などが小島に島流しになっているほどである。牛は、もっぱら農耕用や運搬用、堆肥製造用(八丈では牛ずもう用にも)として飼育されたのであった。廃牛になったものは、殺さないで八丈富士に捨てたので、捨てられたもの同士で交尾をし子牛を生むものもあったという。その結果、増えた牛が麓の畑を荒らすなどの被害があり、柵を設けるなどして防護していた。柵が丘里の石田タクシー辺りにあったというから、八丈富士に捨てたといっても、かなり麓の方に放したものと思われる。
さて、牛捕りというのは、野牛を捕まえることで幾つかの内容があった。その一つは、飢饉の時に牛を殺して食うことであり(「牛食いに山に入る」という
記録がいくつかある)、もう一つは作業用に牛を捕まえて来て使役することで、さらに増えて農作物を荒らす牛を減らすことであったという。暴れる牛を捕まえるということは、当然、かなりの危険を伴うことであったので、安全祈願をしたのである。
情報
住所 〒100-1511 東京都八丈島八丈町 三根
交通アクセス
護神の交差点から三根郵便局の裏に行く少し細い道を50mくらい行った左側にある。