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鉄砲場(てっぽうば)
種別
名所
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幕末にロシアや英国などの外国船がやってくるようになり、鎖国を国是としていた幕府は、その船を打ち払うために鉄砲などを下げ渡し、樫立ではこの場所で練習をさせた。八丈島では、ここ一ケ所だけではなかったはずであるが、ここ以外の場所ははっきりしていない。
 また、この場所は、万延元(1860)年に起きた利右衛門騒動.
の時に、関係者の処刑が行われた場所であった。利右衛門騒動というのは、中之郷預けの流人利右衛門を首謀者として、流人30人が連座した抜け船騒動である。樫立では、名主の家に流人7人が押しかけ、名主の兵吉を殺し鉄砲を奪って逃げたのであった。結局、山捜しなどが行われ、関係者は、全員捕まったり、白殺したりした。
樫立の連座者は、この場所で、梶粂〔かじくめ)という力持ちの流
人に首を締められて殺されたという。江戸時代前半の処刑は、犯罪も少なく、また、八丈では血を汚れとして嫌ったので崖から突き落とすなどが行われていた。江戸時代も後半になると犯罪も増え、申之郷では、この事件で槌で頭をたたいて殺したと言われている。
情報
住所 〒100-1621 東京都八丈島八丈町 樫立
交通アクセス
笹本床屋の道路反対側を山に向かって登って行き、最初の大きな左カーブになる所を右手に登る細道がある。その右手の窪地になっている所である。