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カテゴリ |
西山ト神居記碑
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| 種別 |
名所・旧跡 |
| コメント(ひと口PR) |
文化年間(約200年前)三根の高橋与一が神止山のふもとを開墾したところ、天保元(1830)年からたまたま天災が頻発したため、島民は神聖な神止山をけがしたための神のたたりだといって、この開墾地を元の荒地にもどそうとした。ところが、時の名代官羽倉外記(はぐらげき)がこれを知り、島民の迷信を打破するために碑文を撰して、碑を建てたのである。その文の中には、「神が居る所がなくなってしまったのでは、島民は神に祈ることができなくて困るだろうし、あまり立派な神社を建てることは島の習慣にないことなので、この碑を建てることにした。このことは、全く私の独断でしたことであって、島民は一切関知していない。神の咎(とが)めがあるとしたら、それはすべて私に加えてほしい。私は逃げ隠れはしない。私は、伊豆七島のの代官として八丈島を治めているが、この件でいろいろ議論が起こるかもしれないので、そのいきさつを石に彫り、後世の人に伝えるものである」と、島の諸条件に配慮した内容の、名代官の意気込みの現われた名文が書かれている。 石質が優れているためか、約170年前に建てられたものとは思われないはどの鮮明さを保っている(石質材、根府川石)。
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| 情報 |
| 住所 |
〒100-1511
東京都八丈島八丈町
三根
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| 交通アクセス |
バス停[倉の坂]より徒歩5分
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西山ト神居記碑
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