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カテゴリ |
長楽寺
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| 種別 |
その他 |
| その他 |
寺院
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| コメント(ひと口PR) |
南朝暦の正平5(1350)年、上杉氏の代官奥山氏が大賀郷の楊梅ケ原(ようめがはら)に建立した祈願所で、大和の国・広瀬の真言宗興楽寺の勢遍法師が渡島し住職となり、放光山大善寺といったという。明徳3(1392)年の漂着船の中に、明僧・宗閑とその弟子宗有がいて、宗閑が第5代、宗有が第6代の住職となり、13世まで及んだ。天文16(1547)年、代官菊池左内武歳(たけとし)が現在の大里商店の都道反対側(菊池和利氏宅)の所に寺を移し、この年に漂着した明船に林宗感という僧がいたので、彼を開祖として長楽寺とした。長楽寺は、このようにずっと続いていたのではなく、断続があったようである。元禄(1688~1703)の頃、心誉長円が下田海善寺において宗派相伝し、真言宗から浄土宗となり、海雲山相伝院長楽寺と名乗った。明治26(1893)年に現在地に移ったが、住職は明僧林氏にちなんで明林(みんばやし)を姓としている。昭和20(1945)年6月米軍の盲爆を受け、漂着船の船材で作った素晴らしかった門も、本尊も過去帳なども焼失した。そのため、遺物は少なく、永見大蔵の火を取る玉・水を取る玉(町教育委員会寄託)や観音経曼陀羅などが残っているのみである。
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| 情報 |
| 住所 |
〒100-1623
東京都八丈島八丈町
中之郷 2392
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| 電話 |
04996-7-0333
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| FAX |
04996-7-0056
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| 交通アクセス |
バス停[ 長楽寺 ]より徒歩3分 樫立から来て、中之郷郵便局を過ぎ最初に右折した道路を下りて行って、三差路を右折すると突き当たり。
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長楽寺
1358
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